今宵、千里の片隅で。

日本最古のニュータウンの片隅で、 画家・待井健一は今日もちくちくと制作しています。

2013年04月

多層の青。

IMG_2614





















少しずつ近づいてきた個展の足音。
今年のDM候補を必死に制作中。

ズバッと決められる人がほんとうに羨ましい。
やはり私は画面をいじっていじって、
重ねて重ねてしないとサマにならない方らしい。

「青い夜」に引き続きシリーズ化しだした、
もうひとつのブルー。
なんだか今は夜より午後がお気に入りなのかも。

喧騒の中へ。

自分の住む街にも、ほんの20分も車で走れば
こんな場所がある。
しばらくぶりに見た景色は、もう葉桜の季節。

この土地にいられる時間はあと何年だろうなどと
悪戯に考えながら歩くと、なんだかいつもと違って見えた。
あてもない未来ではなくて、なんとはなしに期限を決め
逆算してみるのも面白い。
どこまで歩いても海の見えない町。

狭い路地を抜けると、見慣れぬ古い団地を見つけた。
一戸建てしかない、ただただだだっ広い土地を見続けていた
せいで、この遺跡のような団地群も、
いつにも増して愛おしかった。

遺書を辿って。

画像1


思えばハタチの頃からずっと、ずっと
ずっと長い間、この丘は私にとっての世界の中心だった。
これを「世界の最果て 」と名付けてみたところで、もうたいしてかわりがないほど、とにかくここは他の何処よりも特別な場所。

親切な小学校の職員さんに道を教えてもらい、さらに車を停めさせてもらって、
雪に埋れた校舎の隅からただ雪を掻き分け掻き分けして丘に上がった。

雪に覆われてはいても、
遠くに見える港の形や坂に密集する家々を見て、
間違いなくこれが生涯に何百回と観た映画の、その場所であることを確信する。

私の憧れ続けた景色は、この世界の何処でもない、映画の中にしかないのだという至極当然のことを自分にわからせることができ、それがなんだか幸せでもあった。

私がこれから創作を続けてゆくためには、
どうしてもこれが必要だったのだ。
中年を迎えた主人公の前に、忘れ去られた記憶を取り戻させるべく高校生の自分が現れる物語だった。
初めて観た時は高校生の気持ちしかわからなかったが、
ようやくここを訪れた時、
私はついに本来の主人公の歳にずっとずっと近づいていた。

観光地から遥か外れた小学校の裏山に一人立ち、不思議な20年の終焉を想った。

寄せる波。

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眼下には半円形の小さな浜があり、
穏やかな波がいつまでもざざんと
押し寄せていた。

漁り火を灯した漁船が一隻、
薄青色の空と海とを静かに横切ってゆく。
あとは浜辺にカモメが戯れるだけの
午前5時。

宿に置いてあった中原中也の詩集を、
何十年かぶりに手にとった。

浜辺のボタンをひろいにゆきたくなる
ような、
そんな静かな果ての海をしばし
眺めてみる。

いよいよ明日には、私にとっての世界の中心へ。

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待井健一

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