今宵、千里の片隅で。

日本最古のニュータウンの片隅で、 画家・待井健一は今日もちくちくと制作しています。

2012年12月

奥の細道。

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自分が普段描いてる構図そのものだなと思った瞬間。
肉眼で見ると、奥の水銀灯はもっと象徴的に見えていたのに。

冬枯れの京都、ひとけのない路地をゆく。

遠く大文字まで見渡せる高台にあるこのあたりは、
あまり使われていないとおぼしき個人宅もちらほら。

どこぞのように高層マンションなど建つはずもないこの区域は、
一度眺めのよい場所に住んでしまえば、ひょっとしたら未来永劫その眺めが
保障されてるんじゃあるまいか、
なんて贅沢な場所なんだと、
そんなことを考えてみたりしていた。

二階の窓辺に、まるで映画のセットのように黒猫が一匹鎮座していて、
ずっとこちらを見つめていた。
この眺めを見ながら育った猫なのか。

年の瀬の京都は、
なんだか幸せな気持ちになる。
一時期暮らしていたという微妙な距離感も、
それを加速させるのだろうか。
思い出せるようで思い出せない数々が、
ゆりかごのように今と昔を行き来させる。

古い家。

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もう二度と見ることはないと思っていた景色。

鉄格子から見える屋上と、その先に広がる、どこだかわからない街。
それが、おそらく物心ついて初めて認識した景色だったように思う。

赤い絨毯の引かれた二階への階段はいつも暗く、もう何十年と使われていない
部屋には、フランス人形やら古い書籍やらが並んでいて、
子供ながらに怖くて仕方なかった。
それでも、何故だろう。
怖いもの見たさなのか、その暗い二階のこの窓から幾度も
夜の街を眺めた記憶が、鮮明に残っている。
私の作品に度々出てくる、遠くで明滅する赤い光の原型である。

車はおろか自転車すら持たなかった頃、
ここから見える「遠くの景色」とはすなわち
自分にとっての「世界の果て」だった。

主をなくした家は、それでも管理が行き届いていて、
所々昔の面影のままフリーズしたようなところがあって
それがなんだか切なかった。

帰り際、叔父と二人で物干しに上がり、
まるで子供の頃のように柿の実をしこたま採った。
この柿の木だけは、毎年誰もいなくても
ずっとここで実をつけては落とし、鳥に食べられ
を繰り返してきたのだ。

祖父の残したものの中から大きな黒いマントをいただき、
そのままクリーニングに出した。
かなり目立つだろうけれど、久しぶりに着て歩いてみようと思った。

缶詰くん。

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締め切りが近づくと、同時進行する作品の数が増えて大変。
1作にかかりきりでいても不安だし、
ちょっと描いては次、というふうにしても片付いた感がない。
何も考えず無我夢中で描くという状態になかなか身を置けない自分が
もどかしい。

机に向かいながら、
こんな路歩けたらいいなあ・・・などと想像しつつ。
夕暮れの街灯りって、
寂しさと幸せがゆるやかに混在していて飽きない。








6号その後。

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なかなか泳ぐ姿を撮影できな子達。
どういうサイクルだかわからないが、
一定の時間一斉にわらわらと泳ぎ出すのが
いつも壮観なのだ。

そろそろ30㎝に達しようとしている「6号」。
小型種の中でもとりわけ厳つく、さらに模様のバリエーションが
実に多彩なことで有名。
マニアに人気なのは、虎柄というか太い縞模様のようなのだが、
うちの子は完全ぶち模様。
ほとんど黒い部分すらない子達が沢山売られていた中で、
この黒さに惹かれたのだった。

何故だか一番体格もでかくて大食いのくせに、
何かあると一目散に逃げ出してパニックを起こす。
先代もそうだったことを思うと、
これは種類による性質なのだろうかと近頃思う。

ただ、たくましくなりすぎて、
水槽に激突する音が尋常じゃなくなってきたことだけが
気がかり。




これをなんと呼べばいいの。

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冬の午後。
円熟したニュータウンの片隅にて。
まだ工事の手の及んでいない、穏やかな木漏れ日を記録する。

大昔の白黒の写真を見た時は、ここらは植樹をされている最中で全くの
はげ坊主だった。
まっさらな公民館と、あたりに自慢げに真っ白い団地の群れが林立している、
そんな印象的な写真。

これを植えたボーイスカウトらしき子供たちも、今やそろそろ定年を迎える頃
なのだろう。
ひょっとしたらすぐそばで郵便受けを覗いている初老の男性だったりして、
などと他愛のないことを想像してしまう。

ついに建て替えの工事が目に入らない箇所を探すことのほうが
難しくなった。
毎日。そして至るところで工事の音が鳴り響き、そこらじゅうに工事の
おっちゃん方が出入りしている。

一斉に建造された人工都市だから、
老朽化も建て替えも一斉なのだという。
そしてそれも全国初なのだと。
確かに、こんなにも広範囲に及ぶ景観が一斉に変化してゆく
事象は、まずほかにないように思う。

そんなまたとない場に立ち会っているのだという実感はまだなく、
とりあえず感情を遥かに追い越す速さで、思い出の場所も古径も
何もかもががらがらとなぎ倒されてゆく。
プロフィール

待井健一

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