今宵、千里の片隅で。

日本最古のニュータウンの片隅で、 画家・待井健一は今日もちくちくと制作しています。

2012年06月

奇跡のような断片。

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「私の像家活動」なるテーマで講演しなければならないという、
できれば夢であってほしいような事態が近日待ち受けている。
締め切りをいったん終えて休む間もなく、
今度は画像ファイルとレジュメの準備に追われ始めた。

しかし。
学生時代の作品も少しは用意しなければと思って「思い出箱」なるものを
整理していたら、
本当に、本当に思わぬものが出てきた。

小さな水彩のスケッチが5枚。
私自身ずっとその存在すら忘れていたのが、
ふいに手元にはらりと落ちてきた。

そこに描かれているもの全てが、
私には奇跡のように懐かしくそして大切なものだった。
写真は洛西ニュータウンの桂坂。
まだ京大の分校舎が跡形もない頃で、山へと駆け上がる一本の道路の
ほかは、ほとんどがらんとした空き地だった。
昼間制作→夕方演劇の練習→夜からミーティング→夜中~明け方に脚本を書く
という日々を繰り返していた際、
脚本のアイデアに煮詰まるとよくここに走りにきていた。
この作品を描いてから数年後のことだが。

今はもう目の前いっぱいに近代的な校舎が立ち並び、
この光景は跡形もない。

そしてなんと素直に描いているのかということにも。
この頃のものの見え方や気持ちみたいなものが、
絵を見ていると不思議なくらい蘇ってくる。

そして最後に。
一番衝撃的なのはその日付だった。
私が大学を休学した年の年号が打たれている。
これが何を意味するのか。
以前の日記にも描いていたが、どうしようもない理由で
私にはこの前後数年の記憶がほとんどない。
おそらく睡眠というものが記憶を定着させるという理論から
推測すると、それも仕方ないのかもしれないが。

しかし私は確かにこの絵を描いていて、
その前後のことまではわからなくとも、
この瞬間の気持ちだけはふわりと思い出すことが
できた。

つくづく漫画のような人生だと思う。
この5枚は、きっと漫画であればその数年の空白を
思い出すための重要な手がかりか何かなのだろう。

台風の目のような。

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不思議な時間だった。
お茶の時間を狙ってきたであろう奥様方が一人減り二人減り、
木造の店内は少しずつ静寂に包まれ始める。

もう何十回となくここに来ているのに、
こんなにも穏やかな気持ちで席にいるのは初めてのことだと思った。

陽にあてられたソファに座ると、
途端に背中に汗が滲んだ。

日記帳がちょうど2ヶ月前で止まっていることに
いささか驚いた。
そしてそれらの空白を時系列に並べることもまた、
眠気のせいか日々のあわただしさのせいか
到底不可能に思われた。

せっかく意気込んで開いたアイボリーの日記帳は、
なにかミミズのような文字が適当に書かれて
すぐに閉じられてしまい、
あとにはまたスピーカーからの心地よい音楽だけが残った。

仕事の合間約2時間。
気がつけばスケッチブックを開いていた。
井上雄彦展で買った太めのシャープペンで、
新しい設計図を走らせる。

「まだやるんかい・・・」
湖を見ながら自分でも笑えた。

夕暮れどき、風がわたる。

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がらんとしたアトリエから北の空をのぞむ。
おびただしい数の資料を拾い集めて整理し、
とりあえずは悪化しきった体調の回復につとめた。
できればもう6月終わりに本気でストーブを焚くような
事態にはなりたくないと思った。

つくづく思うが、制作机というものは
その時の精神状態というものを露骨なほどよく現している。
久しぶりにアトリエは実は広かったのだということを思い出した。

まだ本番は始まっていないしやるべきことは
山積。
しかし、昨日の終わり約3時間と今夜。
そこだけは少し深呼吸していたい。
しばし遮断されていた外気や夕餉の匂いや
子供たちの笑い声がなんだか懐かしい。

こんな日々は、
演劇でも製菓の時にも、きっと多かれ少なかれ等しく
あったような気がする。
6畳の下宿に3人が泊まりこんで、
一人はオーブンと格闘、
一人は大急ぎでオブジェを作り、
一人はただ延々とシュガーペーストを麺棒でのばして刻んでいた。

あそこから既に干支が一巡り以上。
私はほんの少しでも前へ進めたのだろうか。

終戦。

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朝起きたら異様な寒気に襲われた。
あれ今朝はやけに冷えるなと思って窓を開けると、
ほんのりあたたかい風が入ってくる。

朧気ながら異変に気づいた。
どうしても寒さが引かないので、たまらずストーブをつけるが
それでも寒い。
なにがなんだかわからないうち作品の荷造りと出勤準備を終え
車に乗り込むと、今度は滝のような汗。
まあ何があっても大丈夫なようにとブラックガムとカフェインドリンクを飲んで
高速に乗る。

仕事中学生さんのアドバイスをしていると、
今度は利き手が小刻みに震え始める。
何か怪しい中毒のようでこれはまずいと思い、
悟られぬよう手首に力を込めてとめようとすると、
なんと二の腕が痙攣を始めた。
上腕三頭筋ってこんなぴくぴくするんだと、
朦朧とした頭で感心していた。

昼休み、ついにたまたなくなって、
生まれて初めて保健室なるもので20分の仮眠。
高校時代お世話になったことなどないのに、高校ライフのようだ。
いつも構内車で通過するすぐ脇にこんな部屋があったなんて、
きっとこんなことがなかったら一生しらずじまいであったに
違いない。
「見知らぬ天井」という単語が頭をよぎって少し笑えた。

午後7時前。
今日だけは雨じゃなくてよかったと心から思った。
ご褒美、という文字以外適当なものが浮かばないような、
そんな空の色だった。
つい昨日まではどんなに広い空を見ても、
何か逃げ場のな閉鎖されたドームにいるような心持であったのに、
締め切り終えたこの瞬間というのは、
おそらく人生の中で最も視界の広がりを感じられる時なのかも
しれない。
ハンドルを握る腕に落ちた茜色の光までも、
なんだかたまらなく愛おしかった。

午後9時。
弊店時間迫る回転寿司屋で、とにかく気持ちが赴くままに
おそろしい勢いで皿を取っては食べを繰り返す。
ここ三日四日ぶんの食糧を一気に取り返した気分。
そして案の定いきなり食べ過ぎて腹が痛くなる。
それでもこの後既に買っておいたハーゲンダッツのアイスと
贅沢ビールを飲んでそのまま轟沈しようという計画。

大小の差はあれど、
間違いなくこういうサイクルを繰り返しているのが私の人生のような、
そんなイヤな予感がした。
そのたびに体重が53キロになったりするのだが、
さすがにこの歳になると「なんか痩せましたね」とまでは
言われても、
過ぎ去りし青春の日々のように
痛々しく痩せこけることなど、
きっともうない。

アトリエを埋め尽くしていた作品たちは去り、
あとには送り状の紙切れが残った。
アトリエにはただ水槽の水音と
KANの「東京ライフ」だけが聴こえている。

ラスト2。

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まだ小雨が降るうち、展望台の麓に上がってみた。

何十回となく見渡してきたこの丘。
前回の原風景から引っ越して後、
見晴らしのよい場所といえばここになった。

実際のところ眺望は裏山よりはずっといい。
大きな公園があるため休日は人でごったがえすのだけが
難点だ。

ふと思い出した。
何故だか一度、夜更けにここに歩いてきたことがあった。
しかもあの原風景のある裏山あたりから。
それは時間帯以外にもあまりに非日常で、
今となっては果たして本当だったのかと
思うばかり。
ただ非日常ではないことを語りかけるのは、
思い出す時に胸が痛烈にえぐられるだけ。
ここから見上げた月とともに、
記憶の底に沈めてしまった。

どうやら追い詰められると行きたくなる場所というのが
私にはあるらしい。
見晴らしのよい場所か、
自分のルーツになる場所か、
もしくは「この時に比べればマシなもんさ」と
思える場所か。

今回は大概使い切った。
あとはもう小技もなんにもなく
直線勝負。

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