66c991e5.jpgそのホテルには内部に屋台がいくつもあり、土産物街があり館内のあちこちに案内標識があった。
島そのものがホテルという、誰がどうやって作ったのか見当もつかない巨大建築物である。

一歩外に出ると、
薄暗い外壁と無数の配管がどこまでも続いていて、さながらバイオハザードそのもの。一度ここで迷ったら、おそらく朝まで部屋には帰れるまい。

幾度か日帰りで温泉には来ていたが、
泊まったのは初めてだった。それも島の一番山頂部の部屋。
いつか面白がって侵入したのが、
まさか宿泊することになるとは。

眼下に港をのぞむ。
町の灯がほんの一握りしかない。
背の高いビルもない。
窓を開けても、電車の音も車の喧騒も入ってはこない。

波打ち際の洞窟風呂では、荒い波が砕ける音だけが夜の闇にこだましていた。

スケッチブックも読み物もないから、
静かに観念してただ街を眺めていよう。

一年か2年に一度訪れるたび面白がって散策するうちに10年近くが過ぎ、いつの間にか遥か半島の裏側のこの小さな港町は、街灯りから内部を想像できるくらい、勝手知ったる街になった。

あの、灯りの全くない奥のあたりが、
きっと那智の滝。
聞けばライティングされるのは本当に稀だという。
かつて私は初めて訪れた時に、偶然にも暗闇に浮かび上がる神がかりなまでに美しい滝の姿を見た。
そしてあの滝が、誰にも見られていなくともただそこでどうどうと流れ落ち続けるのだという当たり前の事実に、何故だかひどく感動した。

あれはいろんな事共と一緒に、
きっと一瞬の永遠のようなものだった。

今こうして眺める町の灯は、かつてのどの時よりも穏やかに感じられる。