今宵、千里の片隅で。

日本最古のニュータウンの片隅で、 画家・待井健一は今日もちくちくと制作しています。

夏を目前の失踪。

夏休みでもなんでもない、平日の昼下がりの旅。
観光地にも人の気配はなく、
まして山間の寺院になど誰も訪れるわけもなく。

PCの環境音で聴いていた川の流れとカジカの声を、久しぶりに生で聴いた。
木々も、もうすっかり夏。
軒に腰掛けて、暫くの間誰もいない境内の水音に耳を澄ませてみる。

追われないことと時間を気にしなくていいこと。
それだけで既に非日常甚だしいのに、漂う香の匂いがさらに
遠くへと誘ってくれるよう。

遠くにダムが見える。
いつぞや世界の終わりのような思いで
ダムを照らすオレンジの光を、ただ陽が沈むまで
見つめ続けていたことを思い出す。

なんだろうか。
ほんの4、5年前の話なのに、随分遠くへ歩いて来た
気がする。
山間の温泉に心ゆくまで沈んだ後、
もう既に頭に浮かびつつある風景を、これからどんなふうに描いて
ゆこうかと考え始めた。




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終わりと始まり。

「ひこうき雲」を聴きながら愛車を走らせたら、
つられるように飛行場の近くに来ていた。

何処かの駅前を行き交う人たちに紛れて歩いても、
なんだかまるで実感がなかった。

この感覚はたとえるなら何だろうと考えてみる。
こうしてただぼーっと街中に佇んでいても、
常に周りを取り囲んでじわじわと追いかけてくる得体の知れないカオナシみたい
なのが、いつになっても出てこない。
あれ?誰も追ってこないぞ?ぼけーとしてても大丈夫なんかいな。
おそらくそんな感じなのかと思う。

ショッピングモールの屋上で眼下の飛行場と遠い山々を見ながら、
ただ何をするでもなくよたよたと歩いては景色を眺めた。
テレビカメラに映っている姿は車上荒らしそのものかもしれない。

こういうことが、人生であと何回出来るだろう。起きるだろうと、
ふと考えた。
毎年の繰り返しではなくて、それには確実に限りがある。
そしてそれは私が思っている回数よりもきっと少ない。

暮れる直前に見えたひこうき雲は、
あっという間に夕闇に消えていった。
それでも私は、ずっと愛車の中で同じ曲を
繰り返す。

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個展開催のお知らせです。

(個展終了まで、この記事が先頭に表示されます)

今年も神戸大丸にて、個展を開催させていただきます。


◆会期:2014年 6月18(水)~24(火)

◆会場:大丸神戸店 7階 アートギャラリー

◆作家在廊予定日:
6月19(木)・20(金)・21(土)・22(日)
14~17時

時計塔がそびえ、たゆたう魚と迷路のような路地の町。
今回は不思議の町に暮らす女の子たちがテーマとなっています。
立ち寄った者から見れば非日常な街並みであっても、
そこにはふつうの生活があって、
日々何かを想い、時折窓からの景色を眺めたりしながら
暮らしている。そんなひとコマを
綴っています。
今年は念願の尾道をはじめ、郡上八幡や滋賀の沖島など
少し遠くにも足をのばし、
そこで見つけたもの・感じたことなども
閉じ込めてみました。

ご都合よろしければ、
是非足をお運びくださいませ。
ご来場、心よりお待ちしております。

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一瞬の空白。

大きな階段で西日を浴びながら、疲れの余りか珍しく作品論を
語ってしまった。ここから見る対岸の景色と空への憧れは、初めて訪れた時から
何ら変わらない。

何故だか仕事帰りに、ふと母校の前をかすめて大回りして帰った。
140時間かけて描いた古い柿の樹は、まだ暗闇の先に植わっているのだろうか
などと思いつつ。

締め切り前日、普段なかなか出来ないことをと思い贈った父の日ギフトの
反応は、予想し得る最悪の反応を以てしても遠く及ばない、
心無いものだった。 

不毛地帯やらジョジョやらガンダムUCやらをぎゅうぎゅうに詰め込んだ「戦闘用BGM」から
ようやく解放された。槙原さんの「君の名前をよんだあとに」を聴きながら
京都の下道を走ると、視界も思考もなんだかぼうっとした。

そんな個展の直前の日々。
自分のやっていることに、ほんの少しでいい。
確信が持ちたい。

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終わりの光景。


全ての作品の搬送が終わって。
そのままなんだか勢いが止まらなくて、
まっすぐ家に帰れなくて、
またもや路地の片隅に車を停めると、そのまま水筒片手に
疾走した。

こんなに世界は美しかったのかと、
普段なら到底口にできないような状態が
まさに今だった気がする。
なにか何処へ走っていってもいいような、
いつまで走っていてもいいような、
そんな無限に近い解放感。

そしてこういう時、路地勘らしきものが極限まで研ぎ澄まされるらしい。
自宅から車でわずか10分の距離に、とてつもない非現実が隠されているのを
発見した。
何十年とこの街にいるけれど、この光景は到底地元じゃあない。
夕風が渡る広い水面を眺めながら、
締め切りを終えた今日、偶然にもここへ来れたことを
心から幸せに思った。

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まもなく終戦。

走りに出たのは、どうやらちょうど2週間のブランクの後だった。

西日を浴びながら知らない町を縫い走ることに、
こんなにも有難みを感じるなんて。

景色もそうだけれど、
何処かの家の風鈴の音や子供たちの笑い声、
それに薬局やら畳やら食べ物屋やらの匂いが次々飛び込んでくることに、
改めて喜びを感じずにはいられなかった。
わずか2週間で、こんなにも外の世界から遠ざかっていたことに
驚いた。

まだ個展が始まってもいないのに、気が付けば
次はこんなの描いてみようなんて、路地を走りぬけながら
考えている。
自分の中に生じる、少しだけ嬉しい矛盾。


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雲でさえ。


「波雲」という曲を聴きながら空を見上げて走る、
昨日の逃避行。

周りの世界はこんなにも美しかったのだと、
愛車の窓から口をぽかんと開けて眺めていた。
締め切りも際の際になると、
こういう感覚が幾度も訪れる。

本格的に暑くなる前に、
屋外写生に行きたい。
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灯。

雨上がり、展望台に上った。

いつもなら週末は人でごった返す緑の公園にも、
ほとんど人の気配がなかった。
古びた展望台には珍しく家族連れが一組いたが
すぐにいなくなり、
後には私一人が残った。

部屋の中で延々描き続けていると、世の中全てが澱んで
どろんどろんになっているような感覚になってゆくけれど、
ここから見ればそれは見つけられないくらい小さな点だった。
千里の片隅とはよくいったものだ、と思った。

いつだったか遠い昔、
ここから遠くの灯りのひとつを指差し何かを囁いたひとがいた。
近頃いつ何を誰としたのか段々記憶力があやふやになりつつあるけれど、
その言葉だけは何故だか忘れられない。

私も、いつか誰かにそんな事共を呟く日が来るのだろうか。



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きわのきわ。

週明けには、ほとんどの作品が
手元から離れてゆく。
毎年のことと思っても、なかなかこの
心境には慣れそうにない。

何だろう。
全て描き上げたらあれもしよう、これもしようと、
いけないこととは思いつつもつい、先を見てしまう。

この最後のところでどのくらい粘って踏みとどまれるか。
それがきっと、非常に大切なことなのだと思う。
体力が衰えてきたのか、それとも
ずっとこうだったのか、
最後の数日間はいつも息も絶え絶えだ。

這うようなスピードでもいい。
ほんの少しでもいいから、前へ進めておきたい。

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路地熱。

もう何年の間、ここで野外写生の授業をしているだろう。
ここの職場の大きなメリットは、この貴重な下町にほど近いことでは
あるまいかと、よく思う。

そんなに広くないエリアなので、引率を繰り返すうち、
大げさではなく細い生活道路も含めて
全ての道をくまなく知り尽くしてしまった。
よくよく考えると、自宅周辺でもそこまで虱潰しには
歩き回らないだろうから、
奇妙なことに私にとっては、最も景観を知り尽くした町、
ということになってしまった。

千里ニュータウンほどではないにせよ、
ここ中崎町も数年の間にどんどん景観が変わり、
以前写生した風情ある路地の3割ほどは、
だだっ広い駐車場やオフィスビルにとって代わられている。
スケッチブックを見返すと、
もう絵の中にしかない懐かしい路地達が
当時の学生さんたちの思い出と共に息づいていた。

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プロフィール

待井健一

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